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壱岐四国八十八カ所霊場のはじまり  このエントリーを含むはてなブックマーク

 この壱岐島の四国八十八カ所霊場は、一人の熱心な信者とその協力者たちによって開かれました。
 山口県熊毛郡麻郷村(現在は田布施町麻郷)の人で、弘法大師信仰の行者、中原慈本師が明治二十四年の春壱岐を訪れたところ、「昔この島にあった神岳山本宮寺が廃仏毀釈のとき廃寺となっている。この神岳山を復興し、それと同時に壱岐島四国八十八カ所霊場を開創してほしい」という夢を見たのがはじまりです。
 慈本行者は大いに発奮して、昔本宮寺があった壱岐郡勝本町新城西に草庵を結んで住み、島内の熱心な弘法大師信者十三名の協力を得て、活動を開始しました。
 まず、島内のお寺を説いて札所にし、お寺のないところには新しく浄地を選んで堂や庵を建立し、次々に札所を造っていき、2年あまりの間に、札所としたお寺十九カ寺、新築したお堂と庵が六十九カ所。あわせて八十八カ所が全部そろいました。
 その後同志とともに巡拝を続ける一方、島内の一般の人たちにも熱心に巡拝を呼びかけました。  霊場巡拝が根付き始めた明治26年、旧暦7月1日。慈本行者は巡拝の途中急病にかかり、芦辺町の森島家で急死してしまいました。
 このため一緒に霊場開創に力を尽くした人たちが集まって、慈本行者が亡くなった現在の芦辺町箱崎本村触柏崎に慈本堂を建立し霊を祀る一方、行者の草庵があった本宮寺跡には本宮寺の末寺であった金蔵寺を移転して神岳山金蔵寺として行者が念願していた「神岳山」を復興したのでした。
 いま一番札所の金蔵寺の本堂から大師堂へのぼる参道の途中に、慈本行者の等身大の石像が立っています。

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