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山浦 神社

無各社 山浦(やまうら)神社。郷ノ浦から渡良に抜ける道路脇の雑木林の鬱蒼とした森に囲まれた参道の石段を登った小山の中腹に鎮座する神社です。石段は百数段(たぶん107段)。途中に江戸期石造肥前鳥居があります。この鳥居は元禄4年(1691)辛未3月建立されたようです。笠木と貫は3本継ぎ、柱は2本継ぎで神額には「山浦大権現」の銘があります。石燈籠は、いずれも、江戸時代、文政年間、天保年間に造られていますが、左側の石灯篭はちょっと変わっています。仏?と思えるような頭です。あまり他の神社ではみたことがありません。

神社本庁登録壱岐150社の一つ。

拝殿は現代風ですが、本殿はかなり古そうな木造建築です。また本殿には左大臣、右大臣のと思われる古い木像もあります。

創立年月日は不明ですが、文明18(1486)年以前、室町時代・戦国時代の創立と言われています。壱岐国神社誌などによるとこの神社は城主や国司、守護職の鎮守神となっていたようで、社殿の造営などの建築費用はすべて、壱岐の島民が広く負担していたようです。天正11(1583)11月に社殿を再建したときには、壱岐守護職日高喜も資金を出しています。

祭神の伊弉諾尊(イザナギノミコト)の吐いた唾から生まれた速玉男命は、伊弉諾尊の吐かれた唾が玉のように光って見えたところから「ハヤ=美称=速」「タマ=魂=珠(宝)=玉」とされ、漲る生命力を象徴しています。

掃き払ったところからお生まれになった事解男命は、「事」を「離(サカ)=解(サカ)<コトサカ=関係を裂く、離縁の意>ら新たな命を授かったので、悪縁消除を象徴しています。

祭 神: 伊弉冊尊(イザナミノミコト)、事解男命(コトサカオノミコト)、速玉男命(ハヤタマオノミコト)

相殿 北山権現、伊弉諾尊疱瘡神(ホウソウガミ)禍津日神[八十狂津日命ヤソマガツヒノミコト、大綾津日神(オオマガツヒ)]、神直日カミナホヒ、大直日神(オオナホヒ)、海童三神、住吉三神、磐土命、底土命赤土命、大地海原諸神

祭典日:10月29日 例祭 小神楽

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  • 壱岐市郷ノ浦町庄触833番
  • 北緯33度45分15.808秒
  • 東経129度40分57.706秒
  • なし。だが参道脇の公民館に駐車可能。
  • 江戸期石造肥前鳥居はお見逃しなく。
  • ローケーション度
  • 景観度
  • 癒し度
  • 満足度
  • リピート度

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